2017年11月28日火曜日

【コラム】卵巣がんの初回化学療法について

あと数日で今年も残すところあと1ヶ月になりますね。
いつもスマイリーの活動にご理解いただきありがとうございます。
代表の片木です。
 
スマイリーでは電話や面談等々でご相談いただいたことを可能な限り記録しています。
前に同じような相談があったときにどうしたのかなとか、同じ方にもう一度お問い合わせいただいたときに前回どんな相談だったかなと思い出すための私の記録的なものであり、他人に決して見せることはありません。
 
まだ11月の段階ですが、今年も480件以上のお問い合わせをいただき、うち52件は面談でお会いしています。
多くの患者さんやご家族にお会いしたんだなぁと感じるとともに、それだけ患者さんやご家族が日々不安を感じてらっしゃるのだなとも思います。

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もっとも多い相談は上皮性卵巣がんの初回化学療法について


この3年、ダントツで相談件数が多いものがあります。
「卵巣がんの初回化学療法について」の質問です。

「私はパクリタキセル(タキソール)とカルボプラチンにベバシズマブ(アバスチン)をしていますが、勝俣範之先生のツイッターを見るとグレードCと書いてあり驚きました。この治療を続けていていいのでしょうか」

「私はTC療法をしていますが、患者さんのなかには同じ初回化学療法でも毎週治療を受けたり、ベバシズマブ(アバスチン)を併用されている患者さんもいるのですがなにが違うのでしょうか」
 
といった「他の方が受けている治療と違う」ことに関する不安を訴える相談がとても増えています。

※卵巣胚細胞腫瘍などについてはまた違う治療になりますのでご注意ください。

卵巣がん治療ガイドライン2015年版では


卵巣がん治療ガイドライン2015年版では

CQ9 推奨される初回化学療法のレジメンは?
<推奨>
TC療法(conventional TC療法)が強く奨められる(グレードA)
Dose-dense TC療法も奨められる(グレードB)

CQ18 初回化学療法もしくは再発症例に対する治療薬として推奨される分子標的治療薬はあるか?
<推奨> 化学療法と併用して、またその維持化学療法としてベバシズママブが考慮されるが、使用する際には、慎重な患者選択と適切な有害事象のモニターが必要である(グレードC1)

となっています。

このグレードというのはなんでしょうか。

科学的根拠(エビデンス)があるということ

科学的根拠(エビデンス)という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。
科学的根拠がある治療については「質の高い臨床試験」が行われていることが不可欠です。
質の高い臨床試験について細かく説明しているとこの記事が終わらないので割愛しますが、現在のチャンピオンとなっている治療と効果が期待される新しい治療をランダム比較試験した臨床試験が科学的根拠(エビデンスレベル)が高いとされています。
質の高い臨床試験が複数あり、この治療は多くの患者さんにとってより有効で安全であることが確認されたものが「科学的根拠(エビデンスレベル)がもっとも高い」とされます。


「新しい抗がん剤を100人に投与しました30人に効果が見られました」というチャンピオンデータと比較していないものはエビデンスレベル3になります。いま、その病気の治療にもっとも使われている治療と同じ患者さんの選択基準で比較しなければ「いい」とは言えないのです。
 
「ある抗がん剤を投与したら効果があった人がいました」「僕の経験ではこうの薬はいいよ」はエビデンスレベル5になりエビデンスレベルが高いとはいえません。
 

日常診療への推奨度


科学的根拠の高い臨床試験をガイドラインに反映させる際、日常診療への推奨度(グレード)というものを設定されます。
グレードAが、エビデンスレベルの高い治療として、多くの患者さんにより有効性も安全性も高いとして標準治療として推奨されます。


ただし、臨床研究は世界でたくさん行われておりガイドラインに掲載されたあとにさまざまな結果がわかることもあり、ガイドラインは数年に1回のペースで専門家により見直されていきます。
卵巣がんは2004年、2007年、2010年、2015年とガイドラインが発行されています。
 

卵巣がんの標準治療の歴史

卵巣がんの標準治療は多くの臨床試験の積み重ねで、より有効で、より副作用等が少ない治療に変遷を遂げています。


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初回化学療法についてはどの治療?

先にもご説明したとおり卵巣がん治療ガイドライン2015年版では

CQ9 推奨される初回化学療法のレジメンは?
<推奨>
TC療法(conventional TC療法)が強く奨められる(グレードA)
Dose-dense TC療法も奨められる(グレードB)

CQ18 初回化学療法もしくは再発症例に対する治療薬として推奨される分子標的治療薬はあるか?
<推奨> 化学療法と併用して、またその維持化学療法としてベバシズママブが考慮されるが、使用する際には、慎重な患者選択と適切な有害事象のモニターが必要である(グレードC1)
 
となっており、グレードCと評価されているベバシズマブ(アバスチン)を併用している患者さんはとても不安だと思います。
 

TC療法(conventional TC療法)

パクリタキセル(タキソール)3週間に1回
カルボプラチン 3週間に1回
を6サイクル
 
これまで多くの臨床試験で卵巣がんに有効で安全である治療法。
長い期間、卵巣がんの治療に標準治療として治療に用いられてきたために効果についてわかっており、副作用の対策もしっかりされている治療法です。

Dose-dense TC療法

パクリタキセル (タキソール)を毎週
カルボプラチン 3週間に1回
を6サイクル

この治療法はJGOG3016という臨床試験において、日本人の卵巣がんの患者さん(卵管がん、腹膜がん:ステージ2−4期)に協力していただき、従来のTC療法と、タキソールを毎週に分割して投与する方法を比較した臨床試験です。
結果、無増悪生存期間(PFS)の延長(17.5mos , 28.2mos)、生存期間(OS)の延長(中央値で62.2mos , 100.5mos)が認められました。

しかし、血液毒性が強く出てしまう患者さんがいること、患者さんの生活によっては仕事や介護・子育てで毎週の通院が困難であったり、毎週遠方から通っている、雪深い地に住んでるなどで毎週の通院の継続が困難な場合もあるので医師と相談が必要です。

またこの試験はlancetという論文にも掲載され評価されたものですが日本人だけの臨床試験です。
2017年欧州臨床腫瘍学会(ESMO)で発表された海外で行われた追試(リンク)では有意差が出なかったという報告もあり今後どのように評価されていくのかをみていく必要があります。

TC+Bev療法

パクリタキセル(タキソール)を3週間に1回
カルボプラチン を3週間に1回
を6サイクル
その2サイクル目から
ベバシズマブ(アバスチン)を21サイクル
 
2013年11月に卵巣がんにベバシズマブ(アバスチン)が承認されたことにより使われるようになったまだ新しい治療法です。

承認のきっかけになった代表的な臨床試験はGOG218試験です。

複数の国の卵巣がん、卵管がん、腹膜がんの患者さん(ステージ3、4期)に協力していただき、
  • 従来のTC療法の群
  • TC療法に2クール目からベバシズマブ(アバスチン)を5サイクル併用した群
  • TC療法に2クール目からベバシズマブ(アバスチン)を21サイクル併用した群
で比較した試験です。
日本人の患者さんは44名協力いただいています(米国人1800名、韓国人29名)。
 
結果、従来のTC療法に比べて、アバスチンを21サイクル併用した群が無増悪生存期間(PFS)が3.8ヶ月延長したが、生存期間(OS)の延長は認めなかったことから(リンク)今後、国内外で行われているさまざまな追試の臨床試験の結果で評価が変わってくると思います。
 
まだ承認されて間がない治療法であることや、生存期間の延長が見られていないことから専門家の間でも意見が一致しないグレードCという推奨になっています。

<注意>
製薬企業は、このOSを延長しなかったということに対して異論を唱えたいのかSurvival Post-Progression(SPP)という概念を出してきて、PFSが延びているんだからOSも延びるはずという資料をアバスチンの資料として配っているようですが、あくまでも製薬企業の販促の一環ということで注意が必要です。
そんなこといったらdd-TCはPFSを11ヶ月延長してOSも延長しているわけですやん。ベバシズマブのPFS3.8ヶ月延長してOS延長なしの方がいい証明にはなりませんやんと素人の私は思います。

TC+Bev療法を受ける時にはしっかり説明を受け納得して

いま、多くの患者さんがこの投稿を見て驚かれていると思います。
というのも、スマイリーでおしゃべり会をしていてもここ3年ほどに初回化学療法を受けた多くの患者さんがTC+Bev療法をされていると伺うからです。

私は、TC+Bev療法が悪いとは言っていません。
ただガイドラインではまだグレードCの評価で「使用する際には、慎重な患者選択と有害事象のモニターが必要である」とされていることからきちんと患者選択をして欲しいと願っています。
その上で、患者さんにきちんとグレードA、Bという治療の選択肢があること、それらと比較してメリットデメリットを正しく説明をして患者さんが納得して治療を受けて欲しいと願っています。
適格条件
PS0−2、適切な骨髄・肝・腎機能を有する
除外条件
腸閉塞症状がある、腹部・骨盤への放射線治療歴がある、膿瘍がある、28日以内の手術施行、出血傾向がある、コントロール不良の高血圧、6ヶ月以内の心筋梗塞、不安定狭心症の既往、NYHA Grade2以上の心不全、6ヶ月以内の脳血管障害、臨床的に有意なタンパク尿を満たす患者
前治療歴が少ない患者、消化管合併症がない患者を慎重的に選択すること。
静脈血栓症を潜在的に有する場合にも留意が必要。
残念ながら患者さんの多くはなぜベバシズマブ(アバスチン)を使うのかを説明を受けていないです。もしくは医師は説明をしたつもりかもしれませんが患者会に相談されるときにその事を理解している患者さんとはほとんど出会うことがありません。

例えばddーTC療法の項目に書きましたが患者さんによっては毎週の治療が苦痛になる場合や骨髄抑制が出やすい患者さんもいることから、ベバシズマブ(アバスチン)の併用も検討されることもあっていいと思います。

しかしそう言った説明もされていないからかここのところの相談事例ではTC療法を6クールした後の維持療法としてのベバシズマブ(アバスチン)がどうして必要なのか。
アバスチンを特段の副作用が出ていないのに辞めてしまう患者さんも見受けられます。
GOG218試験の結果や、企業が提供しているアバスチンの適正使用ガイドを見れば医師は21クール行う意味が説明できるはずです。
 
また21サイクルという長期間の治療になるため、その間の治療費の負担も大きな経済的副作用となっています。
そのこともご理解いただけかなくてはいけません。
 
これまでもなんども書いておりますが、「どの治療がいい」と私たちがいうことはできません。
どの治療にもメリット・デメリットはあります。
いま、治療中の患者さんはどうか医師と治療内容について確認して治療を続けていただきたいと思います。
 
また愛知県のある大学病院ではddーTC療法にアバスチンを併用する治療をされているようですがそれについては海外では有意差を認めていない臨床試験結果もあるため患者さんに適切に説明していただきたいと思います(リンク)。 

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まとめ:患者さんも医療に参加して


私は、患者さんの相談を受ける際に「医師に、どうしてその治療をすすめるのか聞きましたか?」と確認することが多いです。
でも多くの患者さんは「他に選択肢があることを知らなかった」「医師に質問をして気分を害されたらどうしようと思うとできない」とおっしゃられます。
 
でもそれで不安を抱え、「どうして他の人はあの治療なのに・・・」とか「私の治療は最善なのだろうか・・・」と不安を抱える時間は辛いと思います。
 
上記に示したように、今、卵巣がんの初回化学療法は複数の治療法が行われています。

そのいずれにもメリット・デメリットがあります。
逆にいえば患者さんの生活に合わせて選択することも可能です。

治療にあたり、みなさんが優先したい事項もあると思います。
例えば働いているから通勤しながら治療できるものがいい。
病院に行く回数はどうか。
治療費の負担
そういう希望を患者さんはしっかり伝えると良いかと思います。

医師とよく話し合い、合意の上で治療を進めていただきたいと思います。
私たちは、がんという病気と長い時間向き合っていきます。
そのためにも医師に思いを伝えられる、疑問や辛いことや不安を伝えられるということはとても大切だと思います。

患者さんやご家族からすると自分の病気が人質に取られているような気持ちになるという方も多いですが、一方で医療に携わる側も、私たち患者会も患者さんが思っていることを伝えていただけないと「大丈夫なんだな」「納得しているんだな」と思ってしまう部分もあります。
 
私は医療従事者じゃないので拙い説明でたいへん申し訳ありませんが、初回化学療法のことで悩まれる患者さんの考えの整理の助けになれば幸いです。